Vol.89 ”本との出会い”-今は亡き恩人たちへの感謝 Part 3

私の50余年にわたる、”本との出会い”がなくては語れない人生の中で、大変多くの方々からのご指導やご協力をいただきました。ある意味、日本におけるベンチャー・ビジネスの先駆けであった私の仕事は、私の夢を理解していただいたお客様、また良きライバルとして切礎琢磨してきた同業者の方々など、世界中の多くの方々に支えられてきました。
若い頃から長い間手がけてきた洋書の輸入という取り組みが、長い年月を経て日本で実を結んだことは感慨無量の心境です。一方で、慌ただしく変化する国際情勢の中、私の育ててきたプロジェクトも大きな変化を遂げ、新しい世代に引き継がれつつあります。
世界の書籍・出版業界における大きな変革や、情報伝達手段の転換期の中で、ひとつの礎として、私が今までの人生において強く触発された方々について記憶を残しておくことにいたしました。

 

悌氏、米山寅太郎氏、洞富雄氏、奥村藤嗣氏、天野敬太郎氏、黒田肇氏、Mr. Warren Tsuneishi、Mr. Daniel Woodward氏

昨年2012年は父、勇次の23 回忌にあたりました。父の葬儀の際に葬儀委員長をお引き受けいただいた静嘉堂文庫長の米山先生、友人代表で弔辞をいただいた国会図書館の副館長で、のちに金沢工業大学のライブラリーセンター長を勤められた酒井氏、早稲田大学教授であり東西交渉史の権威であった洞先生、この方に認められなければ一人前の本屋ではないといわれた関西大学図書館の天野氏、私立大学図書館界のまとめ役として大事な立場にいらした明治大学図書館の奥村氏。これらの方々は当時の図書館界の重鎮であり、若かりし頃の私がアメリカ滞在で学んだ際の報告を聞いていただき、また将来の事業の希望や夢に親身になって相談にのっていただきました。
 
静嘉堂文庫のマイクロフィルム化計画をはじめ、洞先生を中心に雄松堂の出版活動の主たるテーマである “日欧交渉史”の原点となった「異国叢書」 「新異国叢書」は今も重版を続けています。当社出版物である「九ヶ国語対訳書籍用語辞典」の編者である天野氏、そして酒井氏が組織委員会の要となって、大成功に導いた国際図書館連合東京大会を引き継いだ、雄松堂主催のイベント“図書館総合展”は現在、図書館界のイベントとして定例のものとなり今年15回目を迎えます。また、雄松堂が私立大学図書館協会の行事に積極的に協力することにご支援をいただいた奥村氏、その他多くの方々の御恩を忘れることができません。
 
前述のように若い頃から欧米の図書館をいくたびも訪問し、いろいろな方に教えを乞う機会に恵まれました。特に、最初に訪れたワシントンのアメリカ議会図書館で、日本部の黒田氏から戦時中にアメリカが行っていた驚くべき日本研究や、それまでの日米の書物交流の話などを聞き、深い感銘を受けたことが記憶に残っています。またハーバード大学の東アジア研究の要所であるイェンチン図書館の館長であった日系人のMr. Tsuneishiという方には、アメリカでの日系人の歴史や活躍からアメリカの宗教の話など日本にいては学べないことについて聞くことができました。
 
マイクロフィルム出版やリプリント出版関係の事業を推進する上でも欧米の図書館関係者には大変お世話になりました。ロサンゼルスのハンティントン図書館の図書部門の責任者であったMr. Woodwardとは多岐にわたり交遊がありました。世界中の中世英語研究や写本研究者なら誰でも知っている世界的な貴重書であるチョーサーのエルゼミア写本のリプリント出版計画が持ち上がった際、雄松堂も国際入札に参加しましたが、その際、彼には大変なご協力をいただきました。その結果、我々がエルゼミア写本のリプリント制作の任に当たることになり、この仕事によって私どもが行っている事業の知名度を出版界や図書館界において上げることができました。最近氏がお亡くなりになったとの報に接し、大変残念に思いましたが、以前からのご縁で同氏の全蔵書を私どもでお引き受けし、それらの蔵書は現在日本の某一流大学の図書館に保管されることとなりました。
大橋貞夫氏、服部敏幸氏、松原冶氏、酒井宇吉氏
 
私は半世紀にわたり“本屋”の世界で働き、洋書や古書の輸入から出版など、様々な書物の業界に関係してまいりました。現在、書物の世界でもIT化が進む中で、色々な事が一斉に多角化し、業界全体で協力し合うことが不可決となりつつあります。
振り返ってみますと、ややともすると内向的になりがちな出版業界に国際化の波が到来し始めた頃、書協の国際委員長をつとめ、出版界の国際大会や大きなイベントに多く参画させていただきました。また、1960年代のはじめに海外から戻って間もなく、西欧の古書に興味のある業者を集めて協会を立ち上げ、古書の国際的組織に加盟したおかげで、世界の中で日本が有力な古書市場に成長した原動力となったと自負しております。洋書輸入業者団体の幹部としてその役割をこなす一方で、国際書誌学賞選考委員会の委員長を引き受けるなど、これまで忙しい日々の連続でした。
そうした中で新たに知り合い、お世話になった方も多くいます。出版人を中心として創立した小石川のロータリークラブを通じてお付き合いいただいた共同印刷の大橋会長や、講談社の服部会長には本当に可愛がっていただき、お二人を通じて関連業界への人脈が広がりました。同じようにロータリークラブの関係で知り合いました紀伊国屋書店の松原氏は、大学市場への販売では同業者のトツプの経営者であり、市場の獲得を競い合う関係でありながら当社の50周年祝賀会にお越しいただいて祝辞を賜ったり、また仕事上の議論を交わすなどをした尊敬すべき先輩でした。
 
日本の古書業界の窓を世界に向けて開こうと、国際会議の招致をはじめ、日本市場を世界でも有数のものに導くべく頑張ってきたつもりですが、そうした活動の関係でもお世話になった方がおります。数年前創業100周年を迎えた日本を代表する古書店である一誠堂書店の創業者酒井氏はそうした方々のひとりです。1970年代から90年代にかけて氏と一緒に日本の古書業界をまとめていこうとした活動は生涯忘れられない思い出です。
 
こうした今は亡き業界の先輩たちが未来に賭けた夢のようなものを引継いでいかねばならないと、常に自分に言い聞かせています。書物の世界の変容が一気に加速する状況の中で、私としてどうあるべきかをずっと考えておりましたが、大日本印刷が提唱する日本の書籍流通の改革と国際化に向けての共同体構想に参加する決断をしました。約半世紀、本屋の世界で仕事をしてきた自らの経験を、上手に次の世代に残すことに最後のエネルギーを集中させる覚悟です。
 
2013年6月