Vol.87 ”本との出会い”-今は亡き恩人たちへの感謝 Part 1

私の50余年にわたる、”本との出会い”がなくては語れない人生の中で、大変多くの方々のご指導やご協力をいただきました。ある意味、日本においてベンチャー・ビジネスであった私の仕事は、私の夢を理解していただいたお客様、また良きライバルとして切礎琢磨してきた同業者の方々など、世界中の多くの方々に支えられてきました。
若い頃から長い間手がけてきた洋書の輸入という大きな取り組みが、現在にいたって日本で実を結んだことは感慨無量の心境です。一方で、慌ただしく変化する国際情勢の中、私の育ててきたプロジェクトも大きな変化を遂げ、新しい世代に引き継がれつつあります。
世界の書籍・出版業界大きな変革や、情報伝達手段の転換期の中で、ひとつの礎として、特に私が今までの人生において強く触発された方々について記憶を残しておくことにいたしました。
 

日下部與市氏 染谷恭次郎氏

 
私が入学した尋常小学校は後に国民学校となり、私は浜松市の北20キロにある両親の故郷に疎開をするというまさに戦中の時代に育ちました。戦後、父とともに東京に戻り、戦後の混乱期の中幸いにも早稲田大学の商学部に入学することができました。
そこで、ゼミを持ったばかりの会計学内部監査論を研究していた若い新鋭の助教授、日下部先生との出会いにより、戦後の混乱の中で久しぶりに真剣に「学ぶ」ということに興味持つきっかけになったのを覚えています。残念なことに私が40歳すぎた頃、先生は若くしてお亡くなりになりました。私は同ゼミの卒業生の中で最も年長者であり、仕事が会計学の文献の輸入や出版に関連していたため、その後も先生と親しく交流させていただきましたので「日下部ゼミ」OB会の代表を60歳まで務めておりました。
また日下部先生の恩師でもあり、当時すでに日本の会計学研究の第一人者でいらっしゃった染谷先生にもいろいろな局面で支援していただきました。
「日下部ゼミ」はその後、日本の公認会計士制度に大きな影響を与える専門家を数多く輩出しました。先生の門下であることが、私が早稲田で学んだということを誇りに思ってきた原点です。
日下部先生、染谷先生お二方とも本の好きな方で、どんな本を輸入すればいいのか、様々なアドバイスをいただきました。本当に学術的価値のあるものを仕入れれば必ず売れることを教えてくださった大事な恩師です。ほかにも葛城先生、入交先生、小松先生など日本を代表する研究者である諸先生から公私にわたり大変ご指導をいただきました。
 

中山正善氏、富永牧太氏、児玉三夫氏、村口四郎氏,反町茂雄氏、塩川利員氏、東畑謙三氏

 
大学を卒業した1956年、マスコミや商社はどうかと就職先を恩師から勧められていましたが、渡米して学ぶ道を選択しました。後に知ったことなのですが、その背景には天理図書館の蔵書の充実に全力を挙げておられた中山真柱(正善)様が、雄松堂書店をご愛顧いただいていた関係で交流のあった父に、”応援するから息子を留学させなさい”と強くアドバイスしていただいたことがあります。当時アメリカへの留学や修業は大変難しい時代でした。その頃の戦後の混乱のなか、父は昭和7年に創業した雄松堂書店の再建に努力をしていましたが、私の渡米に資金面で大変苦労して私を送り出したことを後で母から聞きました。
 
渡米してからは、恩師からアメリカ公認会計士協会のセミナーの推薦状をいただくなど、学業も充実していました。また最初にホームステイを引き受けていただいた方が、出版社の経営者だったことなどが、父から引き継いだ本屋の血筋の様なものを点火させ、さらに海外のビジネスを間近で学べたことが私のベンチャー精神を刺激し、現在の道を踏み出す一歩となりました。
 
帰国して洋書業に着手し、また私生活では結婚をして新生活をはじめた頃、天理図書館の館長でおられ、戦後の日本を代表する国際的図書館人であった富永氏の支援はどれだけ心の支えになったかわかりません。また天理教の真柱様はその後、欧米視察の時に同行して、貴重な書物の輸入について多くを学ばせていただいただけではなく、海外の業界に”YUSHODO” を知ってもらうきっかけをつくってくださった、私にとって最大の恩人と思っています。
 
こうして新しい仕事に取り組んでいる中、国内線の飛行機の中で偶然名刺の交換をさせていたのが、その後明星大学の学長になられた児玉氏です。氏はシェークスピア関連の古書をはじめ、海外の著名な辞典などの名著の収集に尽くされ、アジア屈指の西欧稀覯書類の宝庫といわれる明星大学図書館を築きあげました。蔵書の構築に全力を投じていた児玉氏とともに、世界の名著を選りすぐっていた私の50歳当時を思い出さずにはいられません。
また和漢書類の大収集家であった大阪の塩川氏が、洋古書類に関心をお持ちになりはじめたころに、世界を驚かせた名品の購入のお手伝いをしたこと、日本一の古地図の収集をめざしていた著名な建築家、東畑氏と交流させていただいたことなど、20世紀後半、日本が世界に誇る蔵書構築の立役者であった愛書家との真剣なるお取引の一つ一つの記憶は色あせることがありません。
父が神保町で戦前、戦後と古書店の経営をしていましたので、子供の頃からなんとなく古書業界の様子は知っていました。多くの個性豊かな同業者の面々が父の周りに集まっており、それぞれ苦労して戦後を乗り切ってきた方々でしたが、ビジネスの手法や、哲学の違いがあるということが次第にわかってきました。このような先輩たちとの交流の中で、若い私が洋書輸入という当時としては新しく、大きなチャンスを持った事業に取り組めたことは大変幸運なことであったと思います。「古書の値段は誰が決めているのか」をはじめ、世界で日本人が知りにくい知識を学ぶことができた私は、洋古書ならば世界でも一流になれるかもしれない、と次第に自信を得てきたのも当時の経験からです。反町大先輩は専門外の洋書について、若い私に個人的に何度となく相談されるなど、大変な知識を持っているにもかかわらず、とても気さくな方であったというのが私の印象です。
村口大先輩からは、お客様から信頼を得るのはどうあるべきかを強く学びました。この大先輩にはさらに中山真柱様から私の結婚の仲人を引受けるよう頼まれた時も快く承知していただき私生活でも大変御世話になりました。村口大先輩が生涯ただ一度の仲人役を引き受けてくださったことを、私は大変誇りに思っており、村口家の皆様とはその後も長く親密なお付き合いをさせていただいております。
 
(PART 2に続く)
 
2013年2月