Vol.41 人と人とのお付き合い、信頼関係

4月、5月の2カ月だけでも私の周りにいくつかの出来事がありました。大きく変化している昨今の情勢の中で、“人と人との関係、お付き合い”の大切なことを改めて感じました。 
ロサンゼルスの古書店で、書誌関連の出版も手がけているドーソン書店が創業100周年記念の集いの案内状を関係者に送付した直後、同店の第2代目の店主であったミュアー・ドーソンさんが3月下旬、84才で急逝されました。4月10日(日)、市内ラーチモント通りの大きなお店と庭で開かれた“偲ぶ会”に私も出席してまいりました。書店関係の方々、図書館関係の方々、又、同書店のお客様等、多数の方が出席されました。ご子息のマイケル氏が挨拶の中で、「新田さんがわざわざ東京から来てくれました。父の親友の一人です。」と紹介してくださいました。ミュアー・ドーソン氏は、1956年、私が大学生の時、初めてアメリカに渡り、同氏宅に泊めていただき、アメリカ人のふところの広さに感心し、又、本屋さんという仕事の面白さやこれからアメリカと商売をしていこうと心に決めたきっかけになった恩人の一人です。

書物を造ったり、売買したりする仕事を始めた1960年の初め頃から20年間位、主にアメリカの書店主、図書館の方、出版関連の方々に大変お世話になり、教えを受けました。
残念なことにそれらの私からみれば教師であり、恩人のような方々はすでに殆どお亡くなりになりました。
古い私の写真アルバムや私共の会社のカタログや企画を紐解くたびに、ある意味では良い時代であったその頃の楽しさ、苦労を想い出しています。

最近は毎年海外の取引先のご子息をホームステイの形で我が家で預かっています。このことが将来、私共の会社と大切な信頼関係につながることを私自身の体験として実感しているからです。この夏も台北のIT情報企業として躍進している会社の娘さん(大学生)をお預かりすることになっています。
最近気になることは、日本人の中に、人と人との関係をITで処理できると思っている人が多くなっていることで、日本人と比べ、海外の人達は人と人との信頼関係の上に全ての戦略が成り立っているということを理解しているようです。
昨今の日中関係をみるにつけ、一人一人、それぞれの立場の人達の日常積み上げてきた信頼関係の基礎が無くてはならないと思っています。

 

ポーランドの出版界

昨年6月、ドイツ・ベルリンで開かれた国際出版連合(IPA)の総会での分科会で、私は“本格的国際共同出版と共同販売”について15分間スピーチをする機会を得ました。
会場にポーランドの北部ペルプリンにある有名な教会、修道院の一部である出版、印刷局の責任者がおられました。終了後、ぜひ相談に乗って欲しいとの依頼を受け、かなり長時間話し合いました。
ポーランドという国は東ヨーロッパ諸国の中では圧倒的に国土面積も広く、人口も多い国です。従って第一次、第二次大戦、そしてその後のソ連の強い影響等、非常に苦難の歴史をもった国です。しかし、コペルニクスはじめキュリー夫人等、人類の歴史に大きな影響を与えた人や学問上の功績を多く残しました。
第二次大戦時、この国の文化的な貴重な資産が行方不明になり、それが数奇な運命を経て再び故国に戻った例のグーテンベルク聖書の話等、有名な話題を提供しています。
 
誰でも知っているショパンもこの国の人です。ワルシャワの国立図書館に保存されているショパンのピアノ協奏曲第2番(作品21)を同国のショパン研究所の指導の下で、完全ファクシミリ化事業を世界中の多くの人々に広め、又、販売したいとのことでした。
ポーランドには世界中からこの手書きの楽譜を見に来る人も多いのです。
私は同国の製紙、印刷、造本技術がすでに世界レベルにあることを知っていました。又、ショパン愛好家の多い日本の出版社としてこの出版計画について“共同出版”の形で資本参加し、販売システムについて協力することにしました。
折から、EXPO AICHIのポーランド館ではショパンの演奏会が長期にわたって実施され、秋から年末にかけて日本各地で大掛かりな演奏会が企画されています。
9月に一般に発売されるこの国際共同出版事業によるファクシミリ版の完成を楽しみにしています。
皆様のご協力、ご意見をお待ちします。
 

第2次世界大戦の砲火を逃れた劇的な聖書の運命とは? ペルプリン聖書ファクシミリ版出版記念公演

第2次世界大戦の砲火を逃れた劇的な聖書の運命とは?
ペルプリン聖書ファクシミリ版出版記念公演


 
2005年6月